本記事は連載「クリニック開業1年目のバックオフィス構築」(全10回)の第9回です。第8回では医薬品・消耗品在庫の管理と棚卸を解説しました。本記事では、日々の数字を月次決算としてまとめ、院長が押さえるべき5つのKPIの見方と、翌月20日に数字を締める運用の作り方を、医科歯科専門の税理士の実務目線で整理します。
はじめに:数字は「出す」ためではなく「決める」ために作る
第1回から第8回まで、届出・会計ソフト・口座・保険診療売上・自費売上・給与・証憑・在庫と、クリニックのお金の流れを一つずつ整えてきました。ここまではすべて「正しい数字を作る」ための準備です。本記事のテーマは、その数字を院長の意思決定に使う段階、すなわち月次決算です。
開業して数か月が経つと、多くの先生が「忙しいのに思ったほどお金が残っていない」「スタッフを1人増やして大丈夫か判断できない」「通帳残高を見ても、それが良い状態なのか分からない」という感覚を持ちます。これらはすべて、月次決算とKPI(重要業績評価指標)がないことによる不安です。本記事では以下の論点を解説します。
- 月次決算とは何か、年1回の決算とどう違うのか
- 月次決算を成り立たせる4つの前提(第4回〜第8回の総まとめ)
- 個人事業と医療法人で「利益」の意味が違うこと
- 院長が押さえるべき5つのKPI(患者数×単価/人件費率/材料費率/損益分岐点/医業利益率とキャッシュ)
- A4一枚のダッシュボードと月次ミーティング、つまずきやすい5つのパターン
1. 月次決算とは何か|「年1回の答え合わせ」から「毎月の意思決定」へ
1-1. 月次決算は毎月の健康診断
月次決算とは、1か月ごとに売上・経費・利益を締めて月次試算表(月ごとの損益計算書と貸借対照表)を作る作業です。年に一度の決算とは目的が違い、税金を計算するためではなく経営判断のために作ります。
年に1回しか数字を見なければ、異常に気づいた時点ですでに1年分の結果が確定しています。人件費率が上がり始めても、年次決算だけの医院では翌年3月に「去年は思ったより残らなかった」と分かり、そのときには次の年が3か月進んでいます。月次決算があれば3か月連続で上がった時点で気づき、原因を切り分けてその月から手を打てます。
| 観点 | 年次決算のみ | 月次決算あり |
|---|---|---|
| 数字が見えるタイミング | 翌年2〜3月(最大15か月遅れ) | 翌月中旬〜下旬(20日前後の遅れ) |
| 主な目的 | 確定申告・納税額の確定 | 経営判断・資金繰り予測 |
| 打てる手 | 翌年度以降の修正 | 当月・翌月からの修正 |
| 資金繰り | 通帳残高で感覚的に把握 | 納税・返済を織り込んだ予測が可能 |
| 融資・増設の相談 | 決算書が出るまで動けない | 直近の試算表で機動的に交渉できる |
1-2. 「正確に遅く」より「おおむね正しく、早く」
月次決算でよくある失敗が、完璧を求めて遅くなることです。翌月20日前後までに95%の精度で出すほうが、翌々月に100%の精度で出すより圧倒的に価値があります。査定減の確定、厳密な棚卸、減価償却の細かい調整は年次決算で精算すればよい論点です。月次では概算で織り込んで傾向を掴むことを優先してください。
2. 月次決算が成り立つ4つの前提|第4回〜第8回の総まとめ
月次決算は日々の処理が整って初めて成立します。ここまでの連載で扱った内容が、そのまま前提条件になります。
2-1. 前提①:保険診療売上は「診療月」に計上する(第4回)
保険診療の入金は診療月の翌々月です(第4回)。入金された月に売上を立てると、月次の損益が2か月ずれた別医院の成績表になってしまいます。月次では、窓口で受け取る一部負担金と審査支払機関へ請求する保険者負担分を合わせた金額を、診療月の売上として計上します。保険者負担分はレセプト請求額(診療月の翌月10日までに請求した金額)を基礎に売掛金(未収金)を計上し、査定減や返戻は確定時点で調整すれば十分です。
2-2. 前提②:自費・物販は入金と売上を切り分ける(第5回)
自費診療や物販は現金・クレジット・電子マネーが混在します(第5回)。キャッシュレス決済は総額で売上計上し手数料は別建てにすること、矯正治療やインプラントの前受金は受領時に全額を売上にしないことの2点が要です。前受金をそのまま売上にすると、契約が取れた月だけ利益が跳ね上がり、翌月以降は「治療しているのに売上ゼロ」という歪んだ月次になります。計上時期は、契約で定めた報酬請求権の確定時期と治療の進行状況によって決まります(歯列矯正料は契約の定め方で扱いが変わるため、契約書と会計処理を一致させてください)。
2-3. 前提③:人件費は「発生した月」に寄せる(第6回)
給与は締め日と支給日がずれ、社会保険料は当月分を翌月末に納付します(第6回)。月次のブレを小さくするには、給与・法定福利費をその労働があった月の費用として把握し、賞与は年間見込額を12か月で按分、労働保険料(年度更新で年1回納付)も年額の12分の1ずつを配分します。賞与を支給した月だけ人件費率が跳ね上がる月次表は、傾向の読み取りに使えません。
⚠ 注意:月次で賞与を按分するのは経営管理のための処理です。税務上は賞与引当金の必要経費算入は認められていません(実際の支給、または支給額の通知など一定の要件を満たす未払賞与の計上が必要です)。管理会計上の按分と、決算・申告での取扱いは分けて考えてください。
2-4. 前提④:材料・医薬品は期中も概算で在庫を見る(第8回)
期末の実地棚卸は年1回で足りますが、原価率を月次で見るなら期中も在庫の変動を織り込む必要があります(第8回)。毎月フル棚卸は不要で、ワクチン・自費の高額材料・インプラント体・物販商品といった金額の大きい品目だけを月末に概算でカウントすれば十分です。仕入が特定月に偏るクリニック(インフルエンザワクチンなど)では、これをやるかどうかで月次の原価率がまったく変わります。
2-5. 月次決算の締めスケジュールを固定する
前提が整ったら、毎月同じ日程で回すことが重要です。当事務所が支援先にお勧めしている標準スケジュールは次のとおりです。
| 時期(診療月の翌月) | やること | 主な担当 |
|---|---|---|
| 1日〜10日 | レセプト請求データの確定(請求期限は翌月10日)→ 保険診療売上を確定 | 医事担当 |
| 1日〜5日 | 自費・物販の日計表とレジ締めを確定、キャッシュレス入金明細を突合 | 受付担当 |
| 給与支給日まで | 給与計算の確定・支給 | 院長・社労士 |
| 月末まで | 社会保険料の納付(対象月の翌月末日が納期限) | 院長 |
| 10日〜15日 | 通帳・カード・電子取引データを会計ソフトへ同期、証憑を保存(第7回) | 事務担当 |
| 15日前後 | 高額品目のみ概算棚卸、月次の調整仕訳を依頼 | スタッフ・税理士 |
| 20日前後 | 月次試算表の完成、5つのKPIの算出 | 顧問税理士 |
| 20日〜月末 | 月次ミーティング(前月の振り返りと打ち手の決定) | 院長+顧問税理士 |
「翌月20日には前月の数字が出ている」状態を作れれば、月次決算の運用は成功です。
3. クリニックのP/Lの見方|個人と医療法人で「利益」の意味が違う
3-1. 対医業収入比を必ず併記する
クリニックの損益計算書(P/L)は、医業収入 − 医業費用 = 医業利益というシンプルな構造です。月次で見るときは、すべての費目に「対医業収入比(%)」を併記してください。金額だけでは季節変動に引きずられますが、比率で見れば「売上が落ちたのか、使いすぎたのか」を切り分けられます。以下は個人立の内科クリニック(開業2年目・院外処方・スタッフ5名)のモデルP/Lです。以降のKPI計算でもこの数値例を使います。
| 項目 | 月額(円) | 対医業収入比 |
|---|---|---|
| 医業収入(保険診療) | 4,500,000 | 90.0% |
| 医業収入(自費・物販) | 500,000 | 10.0% |
| 医業収入 合計 | 5,000,000 | 100.0% |
| 医薬品費・診療材料費 | 250,000 | 5.0% |
| 決済手数料 | 50,000 | 1.0% |
| 人件費(給与・賞与按分・法定福利費) | 1,500,000 | 30.0% |
| 地代家賃 | 450,000 | 9.0% |
| リース料・保守料 | 250,000 | 5.0% |
| 水道光熱費・通信費 | 120,000 | 2.4% |
| 広告宣伝費 | 80,000 | 1.6% |
| 減価償却費 | 300,000 | 6.0% |
| その他経費 | 300,000 | 6.0% |
| 医業費用 合計 | 3,300,000 | 66.0% |
| 医業利益 | 1,700,000 | 34.0% |
3-2. 個人事業の「利益」には院長の労働対価が入っていない
ここが、開業医の経営数値を読むうえで最も重要な構造です。個人事業のクリニックには院長自身への給与という概念がなく、院長が生活費として引き出す金額は「事業主貸」であって費用ではありません(第3回)。つまり上の医業利益170万円は、「院長の労働対価+事業の儲け」が合算された金額です。これを理解していないと、利益率34%を見て「非常に儲かっている」と過大評価しがちです。
💡 実務の目安:個人立クリニックの医業利益から、院長にふさわしい報酬相当額(仮に月100万円)を差し引いた金額が、事業そのものの実質的な利益に近い数字です。この「みなし院長報酬控除後の利益」で見ると、モデルケースの実質利益率は14%程度になります。医療法人化を検討する際は、この土俵で比較してください(詳細は次回、第10回で扱います)。
3-3. 医療法人・他院との比較は「土俵」を揃える
医療法人になると院長は法人から役員報酬を受け取り、それが法人の費用になるため、同じ診療実績でも人件費率は跳ね上がり利益率は下がって見えます。また役員報酬は原則として会計年度開始の日から3か月を経過する日までに決め、期中は同額を支給し続ける(定期同額給与)必要があるため、年度が始まる前に月次の数字をもとに報酬額を決める段取りが要ります。月次決算の精度が、そのまま報酬設計の精度になります。
公的なベンチマークとしては、厚生労働省(中央社会保険医療協議会)が2年に1度公表する医療経済実態調査が代表的ですが、比較の際は開設者区分(個人立か医療法人立か)、診療科、院内処方か院外処方か、開業からの経過年数が揃っているかを必ず確認してください。条件の揃わない比較は判断を誤らせます。もっとも信頼できるベンチマークは自院の過去12か月の推移です。
4. KPI①|医業収入の分解:患者数 × 患者単価
4-1. 売上は必ず2つの変数に割って見る
医業収入をひとかたまりで見ていると増減の理由が分かりません。売上は次の式に分解してください。
医業収入 = 延べ患者数 × 患者1人1日あたり単価
さらに延べ患者数は「診療日数 × 1日平均患者数」に分けられます。この3変数(診療日数・1日平均患者数・患者単価)を毎月記録するだけで、売上の増減理由がほぼ説明できます。
- 売上が下がった → 患者数が減ったのか、単価が下がったのか、診療日数が少なかったのか
- 患者数が減った → 新患が減ったのか、再診の来院間隔が延びたのか
- 単価が下がった → 診療内容が変わったのか、自費の比率が落ちたのか
4-2. 保険は単価をレセプトから拾い、自費は構成比で追う
保険診療の単価は、レセコンからレセプト件数(実患者数の目安)、総点数と1件あたり点数(1点=10円)、延べ受診回数(実日数)を拾えば把握できます。モデルケースでは、保険診療450万円を月20診療日・1日平均41人で割ると患者1人1日あたり約5,500円(550点)です。これを毎月並べれば、診療報酬改定の影響や診療内容の変化が数字として見えてきます。なお、自費・物販を含めた総売上ベースの単価は「500万円 ÷ 20日 ÷ 41人 = 約6,100円」です。第7章の損益分岐点は総売上で計算するため、患者数に換算するときはこちらの単価を使います。
一方、保険診療は診療行為ごとの点数が公定されていて医院側で価格を決められないため、利益率を大きく動かすのは自費診療の構成比です。自費売上比率(自費・物販売上 ÷ 医業収入)、自費の患者単価、新患数と自費転換率、物販の粗利率(第8回の棚卸データで算出)を別建てで追ってください。歯科なら自費補綴・矯正・インプラント、美容・皮膚科系なら施術メニュー別に件数×単価で管理すると、「自費を増やしたい」という漠然とした目標が「自費件数を月5件増やす」という具体的な行動に変わります。
5. KPI②|人件費率:クリニック最大の固定費
5-1. 計算式と、分子に何を入れるか
人件費率 = 人件費 ÷ 医業収入 × 100
シンプルな式ですが、分子の定義を決めて毎月同じ式で計算し続けることが何より重要です。定義が揺れると前月比・前年同月比が意味を失います。
| 費目 | 分子に含めるか | 補足 |
|---|---|---|
| 給与・諸手当・通勤手当 | ◯ | 人件費の中心 |
| 賞与 | ◯ | 月次では年間見込額を12か月で按分 |
| 法定福利費(社会保険・労働保険の事業主負担) | ◯ | おおむね給与の15%前後(医師国保では構成が異なる) |
| 青色事業専従者給与 | ◯ | 配偶者等が実際に勤務している場合(第6回) |
| 医療法人の院長・理事報酬 | ◯ | 費用に入る。個人立の人件費率とは単純比較できない |
| 非常勤・スポット医師への支払 | △ | 雇用なら給与、業務委託なら委託費。区分を固定して継続 |
| 院長本人の生活費 | ✕ | 個人事業では事業主貸であり費用ではない |
| 採用広告費・人材紹介手数料 | ✕ | 広告宣伝費・支払手数料で処理し、人件費率を歪めない |
当事務所の支援先で見ている一つの目安は、個人立の医科診療所でおおむね20〜30%、歯科診療所ではそれよりやや高めという水準です。ただしこれはあくまで目安で、診療科・診療時間・常勤とパートの構成比・専従者の有無・医療法人化の有無で大きく変動します。比率の絶対値より、自院の12か月推移を見るほうがはるかに実用的です。
5-2. 人件費率が上がったときの3つの読み方
人件費率の上昇には必ず次のいずれかの原因があります。切り分けてから手を打ってください。
- 分母(売上)が落ちた:人員はそのままで患者数が減った。人件費ではなく集患の問題
- 人数が増えた:採用直後は一時的に上がる。教育期間を織り込んで想定どおりかを確認
- 1人あたり単価が上がった:時間外労働の増加、昇給、社会保険料率の改定など
とくに時間外労働の増加は見落とされがちです。レセプト請求期や月末に残業が集中していないか勤怠データで確認してください。人を増やすより、業務の締め切りを分散させるほうが効果的なケースは少なくありません。
5-3. 労働分配率でもチェックする
材料費の比率が高い医院(院内処方の医科、自費補綴の多い歯科など)では、売上ではなく限界利益(粗利)に対する人件費の割合で見るほうが実態に合います。
労働分配率 = 人件費 ÷ 限界利益 × 100
モデルケースでは人件費150万円 ÷ 限界利益470万円 = 約32%。「稼いだ粗利のうちどれだけをスタッフに配分しているか」を示す指標で、材料費構造の違う医院同士を比較するときにも使えます。
6. KPI③|材料費率(原価率):医薬品・診療材料・技工料
6-1. 計算式は第8回の売上原価そのもの
材料費率 = 材料費(売上原価) ÷ 医業収入 × 100
ここでいう材料費は、第8回で扱った売上原価の考え方をそのまま使います。
材料費 = 月初在庫 + 当月仕入 − 月末在庫
仕入額をそのまま材料費にすると、まとめ買いをした月だけ原価率が跳ね上がり、翌月は不自然に下がります。金額の大きい品目だけでも月末在庫を把握しておけば、月次の原価率は実態に近づきます。
6-2. 院内処方・院外処方・歯科技工で水準はまったく違う
材料費率で最も差が出るのが、院内処方か院外処方かです。院外処方の医科クリニックは投薬分が薬局側の売上になるため材料費率が低く(モデルケースは5%)、院内処方なら医薬品の仕入が丸ごと自院の費用になるため大きく上がります。自費中心の医院では、注入材やインプラント体など高単価材料の在庫が原価率を左右します。
歯科医院では材料費だけを見ても実態がつかめないため、技工料率(外注技工料 ÷ 補綴関連売上)を必ずセットで把握してください。自費補綴では技工料が売価の一定割合で決まることが多く、メニューごとの粗利率を出せます。自費メニューごとに「売価 − 材料費 − 技工料 = 粗利」を一度計算しておくと、どのメニューを伸ばすべきかが明確になります。同じ「材料費率20%」でも、院内処方の内科と自費中心の歯科ではまったく意味が違います。自院の構造を前提に、自院の推移で判断してください。
6-3. 原価率が跳ねたときのチェックポイント
材料費率が想定より高い月は、次の順で確認してください。
- 月末在庫を計上したか(まとめ買いの月に多い最頻出の原因)
- 期限切れの廃棄が発生していないか(発注量が過大になっていないか)
- 仕入単価が上がっていないか(同一品目の直近単価を比較)
- 診療内容の構成が変わっていないか(高単価材料を使う処置の増加なら売上も増えているはず)
- 物販の在庫が滞留していないか(仕入れたまま売れていない)
原価率は、発注の仕組みを見直すだけで改善することが多い指標です。
7. KPI④|損益分岐点売上高:「1日何人」で経営が回るか
7-1. まず費用を変動費と固定費に分ける
損益分岐点売上高は「利益がちょうどゼロになる売上高」です。これを出すには、費用を変動費(売上に比例して増減する)と固定費(売上にかかわらず発生する)に分ける必要があります。
| 区分 | クリニックの主な費目 | 考え方 |
|---|---|---|
| 変動費 | 医薬品費、診療材料費、外注技工料、物販の仕入、キャッシュレス決済手数料 | 患者数・売上に比例して増減する |
| 準変動費 | パート人件費、リネン・滅菌の外注費、水道光熱費の従量部分 | 診療量に応じて動く。金額が小さければ固定費に寄せてよい |
| 固定費 | 常勤スタッフ人件費、地代家賃、リース料・保守料、減価償却費、広告宣伝費、システム利用料、各種保険料 | 患者数にかかわらず毎月発生する |
厳密な区分にこだわる必要はありません。毎月同じルールで分けることのほうが重要です。
7-2. 限界利益率と損益分岐点売上高
限界利益 = 医業収入 − 変動費 限界利益率 = 限界利益 ÷ 医業収入 損益分岐点売上高 = 固定費 ÷ 限界利益率
クリニックは製造業や小売業と比べて変動費が小さく、固定費が大きい構造です。限界利益率が非常に高い(院外処方の医科なら90%超も珍しくない)一方で、固定費を回収できるかどうかで損益が決まります。裏を返せば、損益分岐点を超えた後の売上はほぼそのまま利益になるということでもあります。
7-3. モデルケースで「1日あたりの必要患者数」まで翻訳する
第3章のモデルP/L(月商500万円・変動費30万円・固定費300万円)で計算します。
| 項目 | 金額(円) | 計算・比率 |
|---|---|---|
| 医業収入 | 5,000,000 | ― |
| 変動費(材料費+決済手数料) | 300,000 | 変動費率 6.0% |
| 限界利益 | 4,700,000 | 限界利益率 94.0% |
| 固定費 | 3,000,000 | ― |
| 医業利益 | 1,700,000 | 限界利益 − 固定費 |
| 損益分岐点売上高 | 約3,191,000 | 固定費 ÷ 限界利益率 |
| 損益分岐点の1日あたり(月20診療日) | 約159,600 | 損益分岐点 ÷ 20日 |
| 必要患者数(総売上ベース単価6,100円) | 約26人/日 | 1日あたり売上 ÷ 患者単価 |
損益分岐点売上高319万円という数字は、そのままでは日々の判断に使えません。1日26人まで翻訳して、はじめて現場の指標になります。実績は1日41人ですから余裕があり、この余裕度合いを示すのが安全余裕率です。
安全余裕率 =(実際の売上 − 損益分岐点売上高)÷ 実際の売上 × 100
モデルケースでは(500万 − 319万)÷ 500万 = 約36%。「売上が36%落ちるまでは赤字にならない」という意味で、新規スタッフの採用や機器の導入を判断するときの体力指標になります。
7-4. 開業初期は「返済込みの分岐点」で見る
ここが開業医にとって最重要のポイントです。会計上の損益分岐点を超えていても、借入金の元本返済・院長の生活費・納税分を賄えなければ手元の現金は減り続けます。そこでキャッシュベースの必要売上高も計算してください。
必要売上高 =(固定費 − 減価償却費 + 元本返済額 + 生活費・納税の月額)÷ 限界利益率
モデルケース(減価償却30万円、元本返済22万円、生活費・納税の月額130万円=第8章の表の内訳)では、(300万 − 30万 + 22万 + 130万)÷ 0.94 = 約449万円/月、1日あたり約37人です。会計上の分岐点26人に対しキャッシュ上は37人。この11人の差こそが、「黒字なのにお金が残らない」と感じる正体です。開業初年度・2年目は必ずこのキャッシュベースの分岐点で経営を見てください。
8. KPI⑤|医業利益率と手元キャッシュ|利益=残るお金ではない
8-1. 利益とキャッシュがズレる4つの理由
医業利益率 = 医業利益 ÷ 医業収入 × 100。モデルケースでは34%ですが、第3章のとおり個人立では院長の労働対価が含まれた数字です。そして「利益は出ているのに通帳が増えない」という相談は、開業医の先生から最も多くいただくもので、原因はほぼ次の4つに集約されます。
- 借入金の元本返済:費用ではないが現金は出ていく(利息のみが費用)
- 減価償却費:費用だが現金は出ていかない(支払済みの設備投資の按分)
- 売掛金(保険診療の未収金):売上は立っているが入金は2か月後
- 納税と生活費:個人事業では所得税・住民税・院長の生活費が費用に入らない
8-2. 「返済後キャッシュ」と手元資金月数を月次で追う
そこで月次では、医業利益の下にキャッシュへの調整を並べたレポートを作ります。
| 項目 | 月額(円) | 説明 |
|---|---|---|
| 医業利益 | 1,700,000 | P/L上の利益 |
| + 減価償却費 | 300,000 | 現金支出を伴わない費用を足し戻す |
| − 借入金の元本返済 | 220,000 | 費用にならない現金支出 |
| = 返済後キャッシュ | 1,780,000 | 返済まで済ませた後に残る概算額 |
| − 所得税・住民税等の積立 | 500,000 | 翌年3月の確定申告・予定納税に備える |
| − 院長の生活費(事業主貸) | 800,000 | 個人事業では給与ではなく事業主貸 |
| = 手元に残る概算額 | 480,000 | 内部留保・設備更新・次の投資の原資 |
この形にしておけば「今月は48万円残った/今月は取り崩した」が毎月わかります。
💡 補足:この表は、未収金・在庫・未払金といった運転資本の増減や、設備投資・借入実行を考慮しない簡易的な資金余力です。実際の現預金がいくら増減したかを正確に追うには、これらの増減を織り込んだ資金繰り表を別に作成します。月次では、まず簡易版で傾向を掴むところから始めれば十分です。
あわせて見ておきたいのが手元資金月数(月末の現預金残高 ÷ 月間の固定費)で、当事務所では固定費の3〜6か月分を一つの目安としています。医療機関は保険者負担分(窓口の一部負担金を除いた部分)の入金が2か月遅れる構造上、その分の未収金が常に資金繰りを圧迫するためです(第3回)。窓口の一部負担金は診療時に回収できるため、必要な運転資金は自費比率や仕入・給与の支払条件によっても変わります。
8-3. 個人事業は「納税」を別口座に積み立てる
個人事業のクリニックで開業2年目に最も多いトラブルが納税資金の不足です。理由は納税が重なるためです。
- 所得税の確定申告:翌年3月15日までに前年分を納付
- 所得税の予定納税:前年分の予定納税基準額が15万円以上なら、7月末と11月末に3分の1ずつを前払い
- 住民税:前年所得に対して6月・8月・10月・翌1月の年4期(普通徴収の場合)
- 個人事業税:8月・11月の年2期(ただし社会保険診療報酬に係る所得は非課税)
- 消費税:課税事業者であれば翌年3月31日までに納付(一定額を超えると中間申告・納付も発生)
とくに開業2年目は「前年分の確定申告」と「当年分の予定納税」が重なるため納税額が一気に膨らみます。返済後キャッシュから毎月一定額を納税用口座へ振り替える運用を、開業初年度から始めてください。
⚠ 注意:クリニックは開業初年度こそ所得が小さいものの、2年目・3年目に所得が伸びると納税額が想定を超えて膨らみます。「去年これくらいだったから」という感覚での資金準備は非常に危険です。月次決算で年間所得の着地見込みを追い、毎月更新される見込税額に基づいて積み立ててください。
9. 月次決算の運用|A4一枚のダッシュボードと月次ミーティング
9-1. 載せる指標は5つ+αに絞る
月次試算表そのものは数十行になりますが、院長が毎月見る資料はA4一枚に絞ってください。指標が多すぎると、見るだけで終わって判断につながりません。
| 区分 | 指標 | 主な比較軸 |
|---|---|---|
| 収入 | 医業収入(保険/自費・物販の内訳) | 前年同月比・予算比 |
| 収入 | 1日平均患者数/患者1人1日あたり単価 | 前年同月比・6か月移動平均 |
| 費用 | 人件費率(または労働分配率) | 前年同月比・12か月移動平均 |
| 費用 | 材料費率(原価率) | 前年同月比・12か月移動平均 |
| 利益 | 医業利益・医業利益率 | 予算比・損益分岐点との距離 |
| 資金 | 月末現預金/返済後キャッシュ/手元資金月数 | 固定費の何か月分か |
9-2. 比較軸は「前年同月」と「予算」
クリニックの売上には強い季節性があるため、前月比で一喜一憂しても意味がありません。比較すべきは前年同月比(季節要因を除いた実力の変化)と予算比(年度初めの計画に対する進捗)の2つです。開業1年目は前年同月がないため、融資申込時に作成した収支計画との比較が唯一の物差しになります。計画と実績のズレを毎月確認しておくと、金融機関との対話も格段にスムーズになります。
なお、大型連休や年末年始は診療日数そのものが減り、予防接種のある医院は秋〜初冬に売上と仕入が集中して原価率が動きます。月次資料には必ず当月の診療日数を記載してください。
9-3. 月次ミーティングで「決める」3つのこと
数字を眺めるだけでは何も変わりません。当事務所では、顧問先との月次ミーティングで次の3点を必ず決めています。
- 前月のKPIのうち、想定から外れたものは何か(原因の特定)
- 今月・来月に何を変えるか(打ち手を1〜2個に絞る)
- 次の資金イベントに向けていくら確保するか(納税・賞与・機器更新・返済)
クラウド会計(第2回)を導入していれば、顧問税理士と同じ画面を見ながらオンラインで30分程度の打ち合わせが可能です。毎月20日前後に30分を固定枠で確保する──それだけで経営の見え方は大きく変わります。
10. 月次決算でよくある5つのつまずき
- 数字が2〜3か月遅れて出てくる:原因は領収書や通帳の整理の滞りにほぼ集約されます。クラウド会計の口座・カード連携と電子取引データの保存ルール(第7回)を整えれば、リードタイムは大幅に短縮できます
- 現金主義のまま月次を作っている:保険診療の2か月遅れがそのまま損益に出て、ブレが大きすぎて傾向が読めません。売掛金・未払金を使った発生主義に切り替えてください
- 指標を増やしすぎて何も決まらない:開業初期に見るべきは本記事の5つで十分です。まず5つを12か月分並べ、自院の「平常値」を掴んでください
- 院長の生活費と事業のキャッシュが混ざっている:口座が分かれていないと月次決算が成立しません(第3回)。生活費は毎月決まった額を、決まった日に事業用口座から個人口座へ振り替えてください
- 数字を見ても打ち手に落ちない:「人件費率が上がっていますね」で終わるケースです。KPIは必ず行動に翻訳してください
最後の点が最も重要です。人件費率が上がったらシフトと時間外の発生源を見直す、材料費率が上がったら発注ロットと頻度を変える、患者単価が下がったら自費の案内方法と算定漏れを点検する、安全余裕率が下がったら固定費の見直しと集患施策を同時に走らせる──指標1つにつき打ち手を1つ用意しておけば、月次ミーティングは自然と実行会議になります。
11. まとめ|5つのKPIを、毎月同じ物差しで
本記事では、月次決算とクリニックの経営数値を解説しました。ポイントを整理します。
- 月次決算は税金のためではなく経営判断のため。「正確に遅く」より「おおむね正しく、翌月20日前後に」
- 月次が成立する前提は、保険売上の発生主義(第4回)・自費の切り分け(第5回)・人件費の月次按分(第6回)・期中の概算在庫(第8回)
- 個人事業の医業利益は、院長の労働対価が費用として差し引かれていない(利益の中に院長の労働対価相当額が含まれたままである)。ベンチマークとの比較は開設者区分・診療科・処方形態を揃えて
- KPI①患者数×単価:売上を3変数(診療日数・1日患者数・患者単価)に分解すれば増減の原因が特定できる
- KPI②人件費率:分子の定義を固定して毎月同じ式で。材料費の大きい医院は労働分配率も併用
- KPI③材料費率:`月初在庫+当月仕入−月末在庫`で算出。院内処方・院外処方・歯科技工で水準はまったく違う
- KPI④損益分岐点:`固定費÷限界利益率`。1日あたりの必要患者数まで翻訳し、開業初期は返済・納税・生活費込みのキャッシュベースで見る
- KPI⑤医業利益率とキャッシュ:`利益+減価償却−元本返済`=返済後キャッシュ。納税分は毎月別口座へ積み立てる
- 月次資料はA4一枚。比較軸は前年同月比と予算比。毎月30分の月次ミーティングで打ち手を決める
数字は出すことがゴールではありません。毎月同じ物差しで見続けて、翌月の行動を1つ変える。この積み重ねが、開業3年目以降の経営体力を決定づけます。
12. 次回予告|第10回 初めての確定申告と医療法人化の検討
連載最終回となる次回(第10回)は、「初めての確定申告と医療法人化の検討|開業1〜3年目の節税戦略ロードマップ」を取り上げます。本記事で整えた月次決算の数値をもとに、開業初年度の確定申告の実務、開業医が使える節税策の優先順位、医療法人化を検討すべきタイミングと判断基準を、医科歯科専門の税理士の実務目線で解説する予定です。