本記事は連載「クリニック開業1年目のバックオフィス構築」(全10回)の第6回です。第5回では自費診療・物販売上の管理(レジ運用、現金管理、消費税)を扱いました。本記事では、クリニック・歯科医院のバックオフィスでもっとも論点が多い「給与計算と社会保険」を、院長個人・スタッフ・青色事業専従者の3軸で整理します。
はじめに:給与・社会保険は「3つの当事者」で論点が異なる
第5回(自費診療・物販売上の管理)まで売上サイドの管理を解説してきました。本記事からは費用サイドの中核である人件費――給与計算と社会保険を扱います。
クリニック・歯科医院の給与・社会保険は、以下の3つの当事者それぞれに異なる論点があります。
- 院長個人:個人事業主は給与所得者ではないため、健康保険(医師国保 or 市町村国保)と国民年金の選択、上乗せの年金商品の検討が必要
- スタッフ(医療事務・看護師・衛生士・技工士 等):雇用時に社会保険(健康保険・厚生年金・雇用保険・労災保険)の加入判定が複雑
- 配偶者・家族(青色事業専従者):所得分散による節税効果が大きい一方、過大認定リスクや配偶者控除との関係に注意が必要
加えて、給与計算の実務(月次の勤怠集計、源泉所得税の徴収、住民税の特別徴収、社会保険料の控除と納付、年末調整、法定調書の提出)は、医療事務スタッフだけでは回しきれず、院長・税理士・社労士の連携が必要になります。
本記事では、以下の論点を医科歯科専門の税理士の実務目線で解説します。
- 院長個人の社会保険(医師国保 vs 市町村国保、国民年金とその上乗せ)
- スタッフ雇用時の社会保険判定(5人未満/5人以上の境界、医師国保+厚生年金の組み合わせ)
- 給与計算の月次フローと給与計算ソフトの選び方
- 専従者給与(配偶者・家族)の活用と過大認定リスク
- 賞与・退職金の取扱い
- 年末調整・法定調書の流れ
- 開業1年目の落とし穴5つ
1. クリニックの給与計算の全体像
1-1. 給与計算の月次サイクル
クリニックの給与計算は、以下の月次サイクルで回します。
| 日 | 業務 | 主担当 |
|---|---|---|
| 月末 | 勤怠の締め(前月21日〜当月20日 が典型例) | 院長/受付主任 |
| 月初〜5日 | 勤怠集計、給与計算、源泉所得税の算定 | 院長 or 給与計算ソフト |
| 5〜10日 | 給与明細作成、振込データ作成 | 院長 |
| 25日 | スタッフ口座へ給与振込 | 院長 |
| 翌月10日 | 源泉所得税の納付(納期特例適用なら年2回まとめて) | 院長 |
| 翌月末 | 社会保険料の納付(健康保険・厚生年金) | 院長 |
| 翌月10日 | 住民税の納付(特別徴収・各市区町村あて) | 院長 |
実際の締日・支給日はクリニックごとに違いますが、「月末締め・25日払い」が最も多いパターンです。
1-2. 給与計算で扱う3つの控除
スタッフの給与から差し引く控除は、大きく3カテゴリです。
- 源泉所得税:給与額・扶養親族数に応じて、国税庁の「給与所得の源泉徴収税額表(月額表)」から算出
- 住民税(特別徴収):前年の所得に基づき市区町村が決定した年税額を、毎月の給与から徴収(6月〜翌年5月の12回払い)
- 社会保険料:健康保険料・厚生年金保険料・雇用保険料を給与額に応じて控除(労使折半が原則)
これらは、給与振込後に事業主が代わりに納付する義務があります。納付漏れは延滞金・加算金の対象になるため、月次スケジュールに必ず組み込みます。
1-3. 院長は給与所得者ではない(個人事業の場合)
クリニックを個人事業として開業した院長は、給与所得者ではありません。事業の利益=院長個人の所得(事業所得)になります。
院長個人が生活費として事業のお金を使う場合は、「事業主貸」として記帳します(給与ではない)。仕訳:
| 借方 | 金額 | 貸方 | 金額 |
|---|---|---|---|
| 事業主貸 | 500,000 | 普通預金 | 500,000 |
医療法人化すると、院長は理事長として役員報酬を受け取る形になり、所得区分が「事業所得」から「給与所得」に変わります(詳細は本連載第10回)。
2. 院長個人の社会保険
2-1. 個人事業の院長が選べる健康保険
個人事業の院長が加入できる健康保険は、以下の2択(または3択)です。
| 健康保険 | 対象 | 保険料 |
|---|---|---|
| 市町村国保(国民健康保険) | 全員 | 前年所得に応じて算出(高所得者は上限あり) |
| 医師国民健康保険組合(医師国保) | 医師会会員(地域による) | 所得無関係の一律保険料 |
| 歯科医師国民健康保険組合(歯科医師国保) | 歯科医師会会員 | 所得無関係の一律保険料 |
地域の医師会・歯科医師会に入会することで、医師国保・歯科医師国保への加入権が得られます(東京都医師国保組合、大阪府医師国保組合、各地域歯科医師国保組合 など)。
2-2. 医師国保/歯科医師国保のメリット・デメリット
メリット
- 保険料が所得無関係の一律のため、高所得院長ほど負担率が低くなる
- 一般的に保険料が月3〜5万円程度で安定(市町村国保は所得高いと月10万円超えも)
- 給付内容は健康保険組合並み
- スタッフを医師国保に加入させる選択肢もある(後述)
デメリット
- 加入には医師会・歯科医師会への入会が必要(入会金・年会費がかかる)
- 配偶者・子どもなど家族も別途加入が必要(扶養概念がない)→ 家族人数が多いと総額負担が増える
- 地域によって運営条件が異なる
高所得の院長+家族人数が少ない世帯では医師国保が有利、家族人数が多い世帯では市町村国保のほうが有利になることがあります。シミュレーションのうえ判断してください。
2-3. 年金(国民年金+上乗せ)
個人事業の院長は、第1号被保険者として国民年金に加入します(令和8年度の国民年金保険料は月額17,920円)。これだけでは老後の年金額が少ないため、以下の上乗せ策を検討します。
- 国民年金基金:第1号被保険者の上乗せ年金、掛金は所得控除(社会保険料控除)
- 付加年金:月400円で将来の年金額を増やす(小額だが効率は高い)
- iDeCo(個人型確定拠出年金):第1号被保険者の拠出限度額は月68,000円(ただし国民年金基金・付加保険料の掛金がある場合は、その額を控除した残額が上限)、掛金は全額所得控除
- 小規模企業共済:月最大70,000円まで、掛金は全額所得控除+退職金代わりの一時金受給
小規模企業共済は第1回でも触れたとおり、個人事業の院長の最大の節税ツールです。開業後すぐに加入できるため、開業1〜2年目には必ず検討してください。
3. スタッフ雇用時の社会保険判定
3-1. 5人以上 vs 5人未満で扱いが変わる
個人事業のクリニックでスタッフを雇用する場合、社会保険(健康保険・厚生年金)の取り扱いは雇用人数によって異なります。
| 常時雇用するスタッフ数 | 健康保険・厚生年金 | 雇用保険 | 労災保険 |
|---|---|---|---|
| 5人未満 | 任意適用(加入する場合は申請) | 被保険者要件を満たすスタッフがいれば強制適用 | 1人でも労働者を使用すれば強制適用 |
| 5人以上 | 強制適用(医療業は法定業種に含まれる) | 強制適用 | 強制適用 |
医療業は健康保険法・厚生年金保険法の法定業種に含まれるため、個人事業の診療所であっても、常時5人以上の従業員を使用する場合は健康保険・厚生年金の強制適用事業所となります(2022年10月の改正で適用業種に追加されたのは、弁護士・税理士・司法書士などの士業であり、医療業ではありません)。
⚠ 5人カウントの注意点:常時雇用するパート・アルバイトも、所定労働時間が正規スタッフの3/4以上であれば原則として「常時雇用」に含めます。
3-2. 強制適用事業所での加入義務
5人以上のクリニックが強制適用になると、以下の社会保険にスタッフ全員が加入する義務があります。
- 健康保険:協会けんぽ(全国健康保険協会)への加入が基本
- 厚生年金:日本年金機構への加入
- 雇用保険:ハローワークでの適用事業所届出
- 労災保険:労働基準監督署での労働保険関係成立届
3-3. 医師国保+厚生年金の組み合わせ
院長と同様に、スタッフを医師国保(または歯科医師国保)に加入させる選択肢があります。手続き:
- 「健康保険被保険者適用除外承認申請書」を年金事務所へ提出 → 健康保険(協会けんぽ)への加入を除外
- 医師国保への加入手続き
- 厚生年金には通常どおり加入
この「医師国保+厚生年金」の組み合わせのメリット:
- 医師国保の保険料が安く、給付内容も悪くないためスタッフの可処分所得が増える
- 厚生年金は通常加入なので、スタッフの将来の年金額に影響なし
- クリニック側も健康保険の事業主負担分が不要になる場合がある(医師国保は通常スタッフ全額負担、または院長が一部負担)
ただし、スタッフ全員が医師国保に加入できるとは限らない(地域によって対象範囲が異なる)ため、申請可否は事前確認が必要です。
3-4. 雇用保険・労災保険の判定
雇用保険と労災保険では、適用要件が異なる点に注意が必要です。
- 労災保険:労働者を1人でも使用すれば原則として強制適用。雇用形態・労働時間にかかわらず適用される
- 雇用保険:労働者ごとに被保険者要件で判定。具体的には「31日以上の雇用見込み」かつ「週所定労働時間20時間以上」を満たすスタッフは被保険者となる(短時間パート等で要件を満たさない場合は非加入)
判定例外(労災・雇用保険の双方が対象外となる典型例):
- 院長の配偶者専従者:原則として労災・雇用保険の対象外(家族従事者の特例)
- 役員(医療法人化後の理事):労働者ではないため労災・雇用保険の対象外
- 業務委託契約のスタッフ:雇用契約ではないため対象外(ただし実態が雇用に近いと判定されると遡及加入リスクあり)
4. 給与計算ソフトの選び方
4-1. 主要な給与計算ソフトの比較
| サービス | 月額(スタッフ5名) | 会計ソフト連携 | 勤怠管理 | 社会保険手続き |
|---|---|---|---|---|
| freee人事労務 | 約3,000円〜 | freee会計と一体 | ○(同梱) | ○ |
| マネーフォワード クラウド給与 | 約2,700円〜 | MFクラウド会計と一体 | △(別契約) | ○ |
| やよいの給与計算オンライン | 約2,400円〜 | 弥生会計と一体 | △ | △ |
| ジョブカン給与計算 | 約400円/人〜 | 多くの会計ソフトに対応 | ◎(同シリーズ) | ○ |
| KING OF TIME 給与 | 約300円/人〜 | 多くの会計ソフトに対応 | ◎(同シリーズ) | ○ |
第2回で会計ソフトを選定したシリーズの給与モジュール(freee人事労務、MFクラウド給与)を選ぶと、会計仕訳との連携が自動化されて運用が楽になります。
4-2. 社労士へのアウトソース要否
給与計算と社会保険手続きを社労士に外注するかどうかは、スタッフ数で判断するのが現実的です。
- スタッフ1〜4名:院長+給与計算ソフトで対応可能
- スタッフ5〜10名:社労士へのスポット相談(社会保険新規適用、算定基礎届、年末調整 等)を組み合わせる
- スタッフ10名超:給与計算と社会保険手続きを社労士に丸ごとアウトソースが現実的
社労士の月額顧問料は、スタッフ10名で月3〜5万円が相場です。給与計算ソフト+社労士のセットで月5〜8万円の人件費管理コストが標準です。
5. スタッフ給与の構成要素
5-1. 基本給と諸手当
クリニックでのスタッフ給与は、以下の要素で構成されるのが一般的です。
- 基本給:月給または日給ベース
- 役職手当:主任、リーダー、衛生士主任 など(5,000〜30,000円程度)
- 資格手当:歯科衛生士、看護師、社会福祉士 など(5,000〜20,000円程度)
- 通勤手当:実費支給(月額15万円まで非課税)
- 皆勤手当・精勤手当:月3,000〜10,000円程度
- 時間外手当(残業代):法定計算
5-2. 残業代の計算
労働基準法に基づく時間外労働の割増賃金:
- 法定時間外労働(1日8時間・週40時間超):25%増し
- 深夜労働(22:00〜5:00):25%増し(時間外と重複時は計50%増し)
- 法定休日労働:35%増し
- 月60時間超の時間外労働:50%増し
夜診のあるクリニック(21:00 や 22:00 まで診療)では、深夜割増のチェックが必須です。
5-3. 源泉所得税の計算
スタッフ給与から差し引く源泉所得税は、国税庁が毎年公表する「給与所得の源泉徴収税額表(月額表)」から算出します。算出に必要なパラメータ:
- 社会保険料控除後の給与額
- 扶養親族等の数(年末調整時の「扶養控除等申告書」に基づく)
給与計算ソフトを使えば自動算出されますが、扶養親族数の入力ミスは年末調整で過不足が出るため、開業時のスタッフ採用時に申告書を必ず受領してください。
6. 専従者給与の活用(配偶者・家族)
6-1. 青色事業専従者給与の要件
配偶者やご家族を医療事務・経理・受付などで雇用する場合、「青色事業専従者給与」として支給することで所得分散による節税ができます。要件:
- 専ら事業に従事:年間6ヶ月超の従事が原則
- 届出書記載の範囲内:開業届と同時に提出する「青色事業専従者給与に関する届出書」に金額・職務内容を記載
- 労務の対価として相当:同種同規模事業所の相場感の範囲内
- 15歳以上:未成年でも雇用可能だが、原則高校生以下は不可
6-2. 配偶者を雇用するメリット
配偶者を青色事業専従者として雇用する主なメリット:
- 所得分散による節税:院長の高い税率(最高45%)から、配偶者の低い税率(5〜20%)に所得を分けられる
- 配偶者の健康保険加入:医師国保への加入で配偶者自身の健康保険を確保できる(医師国保は健康保険であり、年金記録には関与しない点に注意。年金は別途、国民年金第1号被保険者として保険料を納付するなどの対応が必要)
- 小規模企業共済の加入余地:配偶者が単なる専従者ではなく「個人事業の共同経営者」の要件をすべて満たす場合に限り、配偶者名義での加入が可能(個人事業主1人につき共同経営者は2人まで)
- 退職金原資の準備:医療法人化後に配偶者にも役員退職慰労金支給が可能
6-3. 専従者給与の相場感
過大認定を避けるための実務上の相場感(公的統計ではなく、当事務所の支援先での目安):
| 業務内容 | 月額の目安 |
|---|---|
| 医療事務・受付 | 20〜35万円 |
| 経理・総務(独立業務) | 25〜40万円 |
| 院長業務サポート(経営・統括) | 35〜60万円 |
| 医療資格保有者の業務 | 資格相応の市場給与 |
目安を大きく超える金額を専従者給与として設定すると、税務調査で「過大な専従者給与」として否認されるリスクがあります。否認されると、差額分は院長の事業所得に戻され、追徴課税の対象になります。
業務実態と勤務時間に応じた合理的な金額設定が原則です。開業時に税理士と相談して金額を決め、毎年の見直しもセットで運用してください。
6-4. 配偶者控除との重複不可
配偶者を青色事業専従者として雇用する場合、配偶者控除・配偶者特別控除との重複適用は不可です。
- 配偶者控除:年間38万円の所得控除
- 専従者給与:実額を経費計上(年間100〜500万円が典型)
通常は専従者給与のほうが節税メリットが大きいため、配偶者控除を諦めて専従者給与を選択するのが定石です。
7. 賞与・退職金の取扱い
7-1. 賞与の税金・社会保険料
スタッフへの賞与(ボーナス)には、以下が課されます。
- 源泉所得税:賞与の源泉徴収税額表(月額表とは別表)から算出
- 社会保険料:賞与にも健康保険料・厚生年金保険料が課される(毎月とは別計算)
- 雇用保険料:賞与にも課される
クリニックでの賞与水準は、年間給与の1〜2ヶ月分が一般的です。業績連動型(「夏は1ヶ月、冬は1.5ヶ月、業績次第で増減」)の設計も多く見られます。
7-2. スタッフの退職金制度
スタッフへの退職金は法定義務ではありません。退職金を設計する場合の選択肢:
- 退職金規程の整備+自己資金で積立:会計上は退職給付引当金で計上
- 中小企業退職金共済(中退共):月5,000円〜から、国の補助あり、掛金は全額損金
- 特定退職金共済:商工会議所運営、中退共と類似
スタッフが退職時に「退職金が出ない」と知って不満を抱くケースがあるため、雇用時の労働条件通知書に退職金の有無を明記しておきます。
7-3. 院長自身の退職金
個人事業の院長には退職金概念がありません。代わりに、小規模企業共済が事実上の退職金となります。
- 掛金は月最大70,000円(年84万円)
- 廃業時・引退時に一時金または分割で受給
- 受給時は「退職所得」扱いで税制優遇
医療法人化すれば、理事長として役員退職慰労金を受給できます(第10回で詳述)。
8. 年末調整と法定調書
8-1. 年末調整の対象者
スタッフのうち、以下に該当する人は年末調整の対象です。
- 12月時点でクリニックに在籍している人
- 給与所得2,000万円以下
- 主たる勤務先がクリニックである(「扶養控除等申告書」を提出済み)
8-2. 年末調整で受領する書類
- 給与所得者の扶養控除等(異動)申告書:毎年提出
- 給与所得者の保険料控除申告書:生命保険料、地震保険料、社会保険料等
- 給与所得者の基礎控除申告書 兼 配偶者控除等申告書 兼 所得金額調整控除申告書:基礎控除・配偶者控除・所得金額調整控除の判定
8-3. 法定調書の提出
年末調整完了後、翌年1月末までに以下を提出します。
- 給与所得の源泉徴収票:スタッフ本人・税務署・市区町村あて
- 給与支払報告書:各スタッフの居住地市区町村あて(住民税の特別徴収のため)
- 法定調書合計表:税務署あて(源泉徴収票の集計)
- 報酬・料金・契約金及び賞金の支払調書:税理士・社労士・司法書士等への報酬がある場合
これらの提出を院長一人で処理するのは難しいため、税理士に年末調整・法定調書作成をスポット依頼するのが一般的です。
9. 開業1年目の給与・社会保険 5つの落とし穴
落とし穴①|社会保険の加入判定間違い
「スタッフ4人だから社会保険は任意適用、加入しなくてもOK」と判断した結果、後から年金事務所の調査で「常時雇用のパートを含めると5人以上だった」と指摘され、遡及加入になるケースがあります。雇用人数の判定は、所定労働時間も含めて慎重に行ってください。
落とし穴②|医師国保+厚生年金の手続き漏れ
医師国保への加入を希望する場合、「健康保険被保険者適用除外承認申請書」の提出が必要です。これを忘れたまま社会保険新規適用を行うと、自動的に協会けんぽに加入してしまい、後から切り替えるには煩雑な手続きが必要になります。
落とし穴③|源泉徴収税額表の選択間違い
源泉徴収には「甲欄」「乙欄」「丙欄」の3区分があります。
- 甲欄:主たる勤務先(扶養控除等申告書を提出済み)→ 通常の税額
- 乙欄:副業勤務先(申告書未提出)→ 高めの税額
- 丙欄:日雇い労働者
スタッフが副業の場合の判定ミスは多発する論点です。雇用時に必ず「他社勤務の有無」を確認してください。
落とし穴④|専従者給与の届出範囲超過
配偶者専従者の月給を届出記載額を超えて支給すると、超過部分は経費否認になります。通常の昇給枠を超える増額など、届出と異なる支給を行う場合は、「変更届出書」を遅滞なく(おおむね事情発生から速やかに)提出してください。
落とし穴⑤|源泉所得税の納期特例の活用漏れ
スタッフ9名以下のクリニックは、「源泉所得税の納期の特例の承認に関する申請書」を提出することで、毎月納付を年2回(7月と1月)のまとめ納付に変更できます。これを使わないと毎月10日の納付業務が発生し、忙しさの中で納付漏れの原因になります。開業時に必ず申請してください。
10. まとめ|給与計算は「ソフト+税理士・社労士の役割分担」が現実解
本記事では、クリニック・歯科医院の給与計算と社会保険を、院長個人・スタッフ・専従者の3軸で網羅的に解説しました。改めてポイントを整理します。
- 院長個人は給与所得者ではない。健康保険は医師国保/市町村国保の選択、年金は国民年金+上乗せ(小規模企業共済・iDeCo)が定石
- スタッフ社会保険は「常時雇用5人以上で強制適用」が原則。医療業は健康保険法・厚生年金保険法の法定業種に含まれる
- 医師国保+厚生年金の組み合わせを使えば、スタッフの保険料負担を抑えつつ年金加入を維持できる
- 給与計算ソフトは会計ソフトと同シリーズ(freee人事労務/MFクラウド給与)が連携メリット大
- 専従者給与は所得分散の最強手段だが、過大認定リスクがあるため業務実態と相場の範囲で設定
- 源泉所得税の納期特例(年2回まとめ納付)は9名以下のクリニックなら必ず申請
- 年末調整・法定調書は税理士のスポット支援を活用するのが現実的
- スタッフ数の増加に応じて、社労士へのアウトソースを段階的に検討
給与計算と社会保険は、開業時に正しく設計しないとスタッフのモチベーション低下・税務調査リスク・追徴課税といった事業継続上の重大リスクに直結します。開業前に税理士・社労士と方針を統一し、月次の運用ルールを確立してください。
11. 次回予告|第7回 領収書・請求書の整理術と電子帳簿保存法対応
次回(第7回)は、医療機関の経理で見落とされがちな「領収書・請求書の整理術と電子帳簿保存法対応」を取り上げます。2024年1月完全義務化の電子帳簿保存法のクリニック実務、医療材料・医薬品の請求書管理、Amazonビジネスでの仕入と電子取引の保存要件、適格請求書(インボイス)の保管ルール、開業時の体制設計を、医科歯科専門の税理士の実務目線で解説する予定です。